とても当たり前で、とても残酷な真実
とても当たり前で、とても残酷な真実
ここ最近、カウンセリングで人の心に触れて思うのは、
健やかな心で、自分の望む人生を創って行くには、
そして自己に忠実に生きていくには、
「とても当たり前だけど、とても残酷な真実」を受け入れていく必要があるということです。
例えば、恋愛の苦しみを掘り下げていくと、
「今愛しているその人が、これからも自分と共に寝るのか、それともいつか他の誰かと寝るようになるのか、それを決める力は自分には無い。」という、とてもシンプルで残酷な真実に行き当たります。
相手の選択は相手の自由意志の問題であって、自分のコントロールできる範疇に無いということ。
とても当たり前ですが、でも、とても残酷です。
こんな当たり前のことでも、しっかりと意志力を持って受け入れないと、エゴはこの事実を認めないぞ! と一生懸命戦って、疲弊してしまいます。
相手に「愛されるために」自分の言動を使って、なんとか相手をコントロールしようとして、その「期待」が満たされないことに不満を持ち始めるのです。
そして、もう1つ、多くの人が避けている、当たり前だけど、とても残酷な真実。
それは
「あらゆる人に愛されるのは不可能だ。」ということです。
正直に勇気を持って、ありのままの自分を世界に表明すると、ある一定数の人は、今まで以上に自分を愛してくれるようになり、
逆にある一定数の人は嫌うか批判するか、静かに離れていきます。
もし、全ての人に愛してもらおうと努力すると、相手ごとに自分を取り繕うことで、自分の内面が分裂して苦しみを生み出してしまいます。
だから自分に忠実に統一性と、自己尊重を持って生きるということは、誰かが自分に対してアンチであることを受け入れるということでもあります。
ビジネスの世界では、
新しく商品をモデルチェンジすると、前の方が良かったというお客が一定数現れます。
専門に特化して一部の人の満足度を上げると、他の誰かは自分のニーズとは違う!と批判を始めます。
だから、あらゆる人に満足してもらおうと無理な期待を持つと、「行動できなくなる。」という症状で現れます。
- 他者が自分を嫌う自由を与える。
- 誰かの期待はずれになることを受け入れる。
これはとても当たり前で、そう考えるまでもなく、今までもそうだったし、受け入れようと受け入れまいと、これからもそうなのですが、
でも、しっかりと主体性を持って、この事実を受け入れることが、とてもとても大切です。
知るだけではダメで、理解するだけでもダメで、受け入れる必要があるのです。
それをすることによって、自分の中に正当でいさぎよい、「至誠」という所から沸き起こる力を取り戻すことができます。
「とても当たり前だけど、とても残酷な真実」を受け入れる。
これが自分の人生を動かす力と、自由を取り戻すカギです。
「私は、あらゆる人に自分を嫌う自由があることを受け入れます。」
こう宣言してみると、なんだかスッキリして自由な感覚が出てきませんか?